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東山道武蔵路[群馬県邑楽郡]その1 [パパの趣味]

月刊「東京人」2013年10月号に、約1300年前の奈良・平安時代に府中国府~群馬県太田市(上野国新田駅)を直線でつなぐ道路(官道)が存在していたとのこと。名前は東山道武蔵路。府中側は、府中・国分寺で発掘されている道路跡がこれに当たるそうです。これは!と思い、いろいろ図書館で調べました。ズバリ解説してくれているのが木本雅康氏の「古代の道路事情」(吉川弘文館)でした。その中で目を引いたのが利根川を渡り、邑楽郡古戸付近で太田方面と足利方面に分岐する部分です。同書より引用です:
古代の道路事情.jpg
b点で利根川を渡り、e-f-g方向で足利方面、f-j-h-iで新田方面に向かいます。f付近が分岐点と推定されています。気がついたのですが、e点は私が仕事で大泉に行くときに通過する、ちょうどファミマがあるあたりです。ここから、赤線で示したとおり現存する道が奈良時代の官道跡と比定されています。いつも通る道から、奈良時代から続く道があるとは!! 早速現地を訪ねてみました。次回、報告します。

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