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東山道武蔵路その4/4[脇道と感想] [パパの趣味]

ちょっと間が空いてしまいました。最後に、帰り道で見つけたチョット良い別ルートを紹介し、感想を述べさせてもらいます。 まずは地図の振り返り:
撮影場所_古戸.jpg
帰り道は20番以降で示した、別ルートを行ってみました。20番は利根川方向に向かって写しています。この先、道があるとは思えませんよね。
20寄木戸別ルートS.jpg
ところか゜、コンクリ塀と生垣の間を進むと・・
21別ルートの竹薮S.jpg
こんな道が忽然と現れます(写真21番)。こっちも古そうではないですか?? 「雨月物語」にでも出て来そうですね。竹薮の中を通り抜けると24番の地点に出、利根川が見えてきます。写真で、向こうの方に見えるアーチ上の橋桁は刀水橋のものです。
24竹薮出口から刀水橋方向を臨むS.jpg
もとの地点まで戻ったところで今回の探検はおしまいです。ただの田舎道と思っていましたが、竹薮あり・五叉路、六叉路ありで結構楽しめました。
さて、最後に感想です。今回の道が古代道路の名残といわれても、正直「どうかな~」です。理由は、①道幅が、軽一台通るのがやっとな細さ ②道沿いに遺跡の分布なし ③ 終点とした長良神社は由来石に1742年創建と明記。 それに、自宅の近くを通る府中街道は国分寺で上り坂になるのですが、この地点で府中街道をはさんで西に伝鎌倉街道の切り通し、東に武蔵路の遺跡が走っていて、道路というものは目的地が同じでも、いとも簡単に付け替えられてしまうことを示しています。今回訪ねた、邑楽郡古戸地区の武蔵路も、大体この辺を通っていた、というのは正しいのでしょうが「まさにこの道」というには遺跡でも発掘されないと想像の域を出ない、と言わざるを得ないと考えます。納得性を高めるにはやはり、遺跡分布とか考古学的事実に基づく必要があると強く感じました。世の中には「古代交通研究会」という学会もあるようです。研究成果を期待したいと思います。
(このトピック終わり)


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